格安航空会社であり続けるスカイマークの歴史にせまる

スカイマークの西久保社長とは?

スカイマークの歴史を語るうえで必ず登場するのが西久保愼一だといわれています。
もともとはIT業界を経てスカイマークの代表取締役になったとして知られ、IT業界のやり方をスカイマークに持ち込む斬新さや、発想力もありスカイマークの再建に尽力した人物でもあります。現在は2015年に民事再生手続申請に伴い代表取締役を辞任しています。
スカイマークの代表取締役として知られる西久保愼一氏とはどのような人だったのでしょうか。

■西久保氏誕生~スカイマーク就任まで
西久保氏は元々大阪府佐野市に生まれ、塗料会社に入社後3年後にIT業界に転職しました。その後、買収や起業に目覚めNTTドコモと提携した「10円メール」が爆発的なヒットを飛ばしたことで財産を得たとしても知られています。2003年エイチ・アイ・エス社長の澤田氏からスカイマークの出資を依頼され、それに対して西久保氏が快諾し多額な資産を利用して筆頭株主になっています。その1年後の2004年1月に西久保氏がスカイマークの社長として就任する形になりました。

■西久保氏スカイマーク就任後
就任後は、もともともっていたITの知識やシステムを作れる技術をもって、スカイマークになくてはならない仕組みを作り出しました。運賃の設定から発券までの余計な手続きを顧客のストレスにならないように仕上げないといけないとしシステムを構築しなおしました。2006年には運賃のすべてを見直し、他社と比較して通常運賃でも5~6割に値下げを行いました。西久保氏はIT業界ならではの徹底した成功主義のためやり方に不満をもって整備士が大量にやめてしまいその後、整備関係のトラブルも続いたそうです。さらには、機長があいついで辞めたことで大量欠航なども起こり問題になりました。こういったやり方に関しても西久保氏は徹底した変更を見せずに、
結果としてスカイマークの評判を下げていく結果となりました。その後も、西久保氏が読んでいた読みが外れ、結果を残せずに過ぎていきます。最終的にはA330を導入したことで資金繰りが窮地に達したことも原因だといわれています。

スカイマークが今の格安航空券の地位を守っているのは西久保氏のなした功績でもあり、
また西久保氏の失敗も今後の航空業界において大きな意味を残すことになるでしょう。
IT業界の革命児と知られ賛否両論はあるかもしれませんが、現代はIT業界の目まぐるしい発展もありスカイマークはまた今後大きく変わっていくことでしょう。

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