格安航空会社であり続けるスカイマークの歴史にせまる

スカイマークが最高益から3年で経営難に?

スカイマークは過去最高収益になってからたった3年間で破綻にまで落ちたといわれています。一体その原因は何だったと思いますか?整備士やパイロットが相ついて辞めていっても前進し続けたスカイマークが窮地に落ちた原因とは何だったのでしょうか。詳しく検証してみましょう。

■西久保氏が交渉していた「あるもの」とは?
2014年4月頃~西久保氏はエアバスととあるものの交渉を続けていました。それば「A380」と呼ばれるもので2階建てになっている大型旅客機だといわれています。スカイマークはこの「A380」を6機導入する方向で交渉を続けており、その期間はなんと3か月にも及ぶそうです。すでに導入される日程も決まっており、2014年10月~2019年2月になる予定でした。そんな中2004年7月27日スカイマーク本社に届いたのは購入契約解除の通知でした。2014年3月までに前払い金として約265憶ものお金を支払っており、2015年3月期に500億円以上を支払う予定でした。その後予定と反して赤字に転落したことで支払いが難しくなり、スカイマークから4機の解約と製造途中になっている2機の延期を述べたが受け入れてもらうことはできずに先方から告げられたのは、大手航空会社の傘下に入ることか、多額の違約金を支払うことのいずれかを提示されました。西久保氏はこれに対して拒否し、違約金を支払うこととなりました。この違約金の交渉は2016年3月に確定し、責任を取る形で西久保氏が代表取締役を辞任しています。

■スカイマークはどうして破綻するまでになったのか。
スカイマークがどうしてこういう結果になったかについては憶測しかわかっておらず、独自を貫き通した西久保氏が自治体に頼ろうともしなかったことにも原因はあるでしょう。
過去にも現在のエアドゥやスターフライヤー等規制緩和が行われたときに、参入し、ドル箱の価格競争に負けて現状を悪化させてしまった過去があります。実際にANAにコードシェアで座席販売を頼る形にして現状を保っています。こういった周りの協力が必要な時に、
西久保氏は受け入れなかったことは少なからずスカイマークの存続に関係しています。

航空業界はめまぐるしい発展を遂げる中、今後の生き残り商戦がいかに大切かを物語っています。スカイマークから学べることはたくさんあります。格安航空会社として需要が高い分1日でも早く黒字になるようにしたいところです。現在は裁判も終わり2016年~2018年の経営計画を査定しているそうです。

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